ジョン万次郎 ホイットフィールドとは
ジョン万次郎(中濱万次郎)
ジョン万次郎(中濱 万次郎)
日本初の国際人と呼ばれ、アメリカの文化をいち早く日本に伝えた人物。坂本龍馬や福沢諭吉、勝海舟などの有名人に
も影響を与えた。1841年、14歳のときに仲間4人と漁に出て、遭難し漂流。漂着した鳥島で143日間に及ぶ過酷な無人島生活を送っていたところを、アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に救出された。以後数年間をアメリカで生活
し、英語、数学、測量、航海術、造船技術などを学んだ。1851年、黒船来航直前に帰国。帰国後は幕末から明治の難しい時期に日本の開国、近代化のために働いた。

ウイリアム・H・ホイット・フィールド
ウイリアム・H・ホイット・フィールド
万次郎を遭難から救ったジョン・ハラウンド号の船長。元気で頭のよい万次郎を気に入り、アメリカへ連れ帰る。そ
して、万次郎を家族として温かく迎え入れ、学校にも通わせた。万次郎の知識が、後に鎖国時代の日本にもたらさ
れ、近代日本の発展の礎となったことを考えると、ホイットフィールド船長は、日本にとっても大きな恩人である。

なぜ今、万次郎とホイットフィールドなのか

現在の日本が抱える様々な問題は、国際人としての広い視野を持ち、高い意識と積極的に行動できる人材でなければ解決することは出来ません。具体的には、漁に出て嵐にあい漂着し、生命の危険にさらされた経験をしたにも関わらず、暖かい友情、勇気ある意思と行動、確固たる使命感をもって異文化交流に尽力したジョン万次郎や、彼を助け、家族同様の愛情で教育したホイットフィールド船長のような人材が、今の日本には必要なのです。

なぜ今、万次郎とホイットフィールドなのか

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若い世代にはジョン万次郎の 「常に前向きな精神」「決してあきらめない精神」を、そしてそれを育てる我々大人たちにはホイットフィールド船長の 「深く広い愛情を持った、育成の精神」を学んでいただきたいと考えます。

今こそ学びたい ジョン万次郎とホイットフィールドのスピリッツ


日本人特有の堅実で真面目な気質(=ジョン万次郎)とアメリカ人特有の誰に対してもウェルカムな自由主義(ウィリアム・ホイットフィールド)の融合で成り立った、二人の友情と国際交流の関係から、広くものを見ることができ、より多くの人と分け隔てなく交流することのできる国際人を育てます。